靡遊人 原作小説公開

僕らの「愛」で、「円」描く


きっかけなんて些細なことだ。俺はそう思う。

予測を越える出来事にはいつも振り回され、自分の思考とは全く違う行動に出る。

俺がどれだけ拒もうとも突き動かされてしまう。

今思えばそんな出会いだったのだろう。

彼との出会いは。誰よりも大切で、誰よりも愛おしい。

そう思えるような人と出会えたことを嬉しく思う。

 

【相模愛次】

「あいじー。あいじー。どこにいるのー」

俺が所属する劇団〈カピパラ座〉の同期、〈八代開〉が俺を呼んでいる。

「馬鹿みたいに呼ぶな。この見通しのいい稽古場で、なぜ見付けられない」カイが歩み寄ってくる。

「今日もご機嫌斜めだね。愛次は。いつもなんでそんなに不機嫌なの?」

「別に」

「そんなんだから、みんな怖がって近づいてこないんだよ」

「五月蠅い。で、なんの用だ」

「今日、俺、バイトだからさ。ミーティングの内容、メールで送って欲しいなって」

「座長にでも頼んでおけよ」

「つれないなー。でも結局はいつも送ってくれるもんね。なんだかんだ言っても愛次は優しいからなー」

同期で劇団に入って以来、いつも一緒に演技を勉強してきたからであろうか、カイは俺のよき理解者でいてくれる。

人間的に不器用な俺に、いつも屈託のない笑顔で語り掛けてきてくれる。

俺は、なんとなくこの関係を心地よく感じていた。

「愛次はいいよなー。バイトしなくても生活できるもんな。

実家は大手企業経営でお金持ちだし、愛次も会社経営しているし、

演技上手で劇団では花形だし、おまけに彼女は可愛いし。弱点とか変な性癖とかないの?」

「ない。そして実家の話はするな」

正直、実家に対して良い印象が無い。

大手企業「相模コーポレーション」を一代で築き上げた父親。

それ故に、兄と俺は幼少の頃より英才教育を施され、自由はなく、後継ぎとして恥じないように育て上げられた。

俺が劇団に入ったのは、その反動とも言えるかもしれない。

兄は父のあとを継ぐためにそのまま会社に入ったが、俺はというと父の敷いたレールに乗る気にはなれず、自分の進む道を自分で切り拓こうとしていた。

そんなときに出会ったのが、カピパラ座の座長だった。

座長に導かれるように劇団の門をくぐり、今では公演で主役をやらせてもらっている。

「愛次は恵まれているよねー。生活にゆとりがあるもんなー。会社経営ってどうしたらできるの?」

「想像してかたちにする。演技と一緒だ」

昔からそう。自分が望んだことは実現する。できないことがなかった。なんでも思ったように進む。

しかし、わかりきった未来というものが面白いわけもなく、「どうせこうなるだろう」と思ったようになるので、そういった意味では人生を退屈なものと捉えていた。

「愛次」

話かけてきたのは、カピパラ座のヒロイン〈宮部美智〉数カ月前から付き合いだした俺の彼女だ。美智はカピパラ座で主演女優になっている。

「なになに?みっちゃん今日はデートなの?」

「カイくんお疲れ様。今日は愛次の部屋に泊まりに行くの」

「いいなー。そういう相手、俺も欲しいよ」

「カイくんにもそのうちいい人、現れるよ。で、愛次。ご飯どうする?」

「ごめん。このあと座長に呼ばれているんだ。悪いけど、先に家に帰っていてくれないか」

「そうなんだ。わかった。じゃあ私がご飯作るね。終わったら連絡ちょうだい。じゃあカイくんお疲れ様でした」

「お疲れー」

そう言うと、美智は大きな荷物と共に、稽古場を後にした。

「本当に良い子だよね。みっちゃん。愛次、大切にしてあげなよ」

「ああ」

言葉とは裏腹に、それ程の気持ちは入っていなかった。小説やドラマで語られるような、いわゆる燃えるような恋に興味もなく、美智が「付き合って欲しい」と言ったから一緒にいる。

俺にとってはそんな関係だけでしかない。

こと恋愛においては暇つぶしくらいに考えている。恋人がいようがいまいが、俺にはあまり関係ない。

人生とは実に浅はかで、わかりやすく、退屈なもの。願えば叶うこの現実を壊してくれるような、そんな出来事が起きないかと、心の底から願っていた。

 

【代永円】

「僕はやりたいんだ」まどかは言い放つ。

「いや、やりたいって言ってもさ。ねえ、ケイ」

「まどかには難しいと思うんだけどな。ねえ、リン」

友達の〈おリンとおケイ〉に説得されるも、僕の気持ちは変わらない。

「だいたいさー、うちらもう二十三だよ?新しいこと始めるって言ってもさ」

「僕だってそんなことわかってるよ。だけど、どうしてもやりたいんだ」

原宿のカフェで、いったいなにを揉めているかというと、先日リンとケイに誘われて行った、カピパラ座という劇団の舞台まで遡る。

舞台になんて興味もなかった僕が、その日、初めて見た主人公を演じる役者さんに、目を奪われた。

きらびやかなステージの上で演じる役者さんたちの熱気。

そして背景が変わるごとにセットを動かす大道具さんや、役者さんが手に持つものを用意する小道具さん、ステージを彩る照明さん。

そのみんなが放つ空気を味わい、僕は舞台に夢中になっていた。家に帰ってからもスマートフォンでカピパラ座を検索し、次の公演や、出演した役者さんの名前。

次回の演目などをいろいろ調べた。そうしているうちにとある広告を見つけた。

「みんなもカピパラ座の役者になろう!!」と。

早速ページを印刷し、勢いづいて応募の電話をかけ、上がり切ったテンションのままリンとケイに電話をかけた。

そしてふたりに呼び出しをくらい、今に至るというわけだ。

「あのね、まどか、あんた仕事だってあるんだよ?仕事はどうするのよ。生活していけないでしょう」

「アルバイトでもなんでもするよ。今の職場は辞める」

「そううまくはいかないでしょう。うちに転がり込んできたりされても困るし」

「役者にこれほど向かない人はいないと思うのだけど。高校の頃から見ているうちらとしては。あんた引っ込み思案じゃない」

痛いところを突っ込まれる。確かに学生時代の僕は引っ込み思案で、表に出る性格でもなかった。

社会に出てからもそれなりに会話はできるものの、自分から話すような性格でもなく、立派な陰キャラとして会社の隅っこにいるような人間だ。とはいえもう後戻りなどできない。

「でも僕は決めたんだ。役者になるんだ」

「なんでそんなに役者にこだわるのかな」

「は!!おケイさん。わかってしまった!!」

リンがなにかに気付いたようすで、僕は身構えた。

「まどか、隠さなくてもええんやで」

「な、なにを...... 」

「誰や?誰が良かったんや?」

リンとケイは取り調べをする刑事さんのように、テーブルに肘をつき、両手を顔の前で合わせている。

そのふたりの圧力に押されながらも、平静を装ってみる。

「そ、そんなのじゃ...... 」

「はい、ダウト!!」

「はい、ダウト!!」

ふたりして声を揃えて言われる。この関係性は高校生の頃から変わっていない。

「やっぱりそんなのじゃないかと思っていたんだよ」

「あの主役の人、絶対まどかの好みだと思っていたよ。昔からああいうクールそうな人が好きだものね」

言い当てられて恥ずかしくなる。僕は恋愛の話が苦手だ。すぐに顔が赤くなる。

「そ、そんなのじゃないよ。そんなよこしまな気持ちじゃなく...... 」

「ええんやで。素直になっても」

「そうそう。うちらしかいないんだから」

本音を言えばそれもある。主人公の役者さんは、素人の僕が見てもひときわ輝いていて、他のどの役者さんよりも演技が上手だった。

確かに好みの容姿ではあったが、それだけで役者を目指すわけではない。

「確かにすごく格好良いなとは思ったけど、それだけじゃなくて...... 」顔を真っ赤にしながら言う。

「僕も自信の持てるものが欲しいんだ」

精一杯言ってみたがどうだろう。シモマツが黙っている。僕は続ける。

「リンちゃんはどんどんやりたいことやっているし、ケイちゃんにはデザイナーっていうものがあるでしょう。

僕にもそういうものが欲しいんだ」

ふとリンとケイに目を向けると、ふたりしてびっくりしたような顔をしている。

「え、なに」

疑問に思っていると、シモマツが泣きまねをしだした。

「おケイさん。まどかが大人になったわよ」

「おリンさん。そうだね。この子がひとつ成長したのね」

「からかわないでちゃんと聞いてよ」憤りを感じ、強く言ってみせる。

「わかってるよ。あんたの人生なんだから好きにすればいいじゃない」

「で?劇団に電話して、どうだったの」

「それが...... ダメだったんだ。女性しか募集していないみたいでさ」

リンとケイが、テーブルに置かれた広告を覗き込む。

「みんなもカピパラ座の役者になろう!!」という大きな文字の下に、小さな文字で「今回は時代のスター女優育成のため、女性の方に限ります」と書かれていた。

「ぶわはっは!!」

「マジかー!!お腹痛い!!」

爆笑するふたりを目の前に、わかりやすい程に落ち込んだ。しかし、落ち込んでなどいら

れない。わざわざ説教されることがわかっていながら、ふたりにあったのは、これから話す内容のためだ。

ひとしきりリンとケイが笑い切ったあと、僕は話し出した。

「あのね、本題はここからなんだけど」

そう言った僕を見ながら、ふたりの顔が引きつっている。

「え、なんかこの流れ」

「うん。経験上、嫌な予感が」

さぁ、行くんだまどか!

「ふたりにお願いがあるんだ」

 

【相模愛次】

部屋の鍵を回し、扉を開ける。開かれた扉の向こうから、明るく元気な声が飛んでくる。

「おかえり」

美智が台所から歩み寄る。

「座長、なんの話だったの?」

「新人募集の話だよ。なかなか公募が集まらないらしい。女性にしか募集しなかったのが仇になったな」

「そうなんだ。うちの団員、少ないから男性も欲しいよね」

廊下を歩きながら、愛次はコートを脱ぎハンガーに掛ける。そのままリビングのソファーに腰かけた。

「なんで女性だけにしたのかな」

「次世代の人気女優が欲しいそうだ。今は美智の一枚看板だからな」

「うちには可愛い子がいっぱいいるけどね」

「容姿だけで人気が出る程、劇団経営はらくじゃないってことだな」

持ってきた料理をテーブルに置き、美智が隣に座った。

「そうだね。簡単ではないか。うちの劇団、貧乏だし」

「格安の会場、探すのでいっぱいだからな。座長はビジネスとしての劇団経営が下手なんだよ」

の前に並んで置かれたワイングラスに、ヴィンテージが注がれる。お互いにグラスを近

づけて、チンと鳴らし、唇を潤す。

「ねえ、今度の募集で愛次好みの可愛い子が入ってきたらどうする?」

「さあな。そんなことはないと思うけどな。演技のときはあまり気にしていないから」

「そうじゃなくて、演技は抜きにして好きになっちゃうのかなって」

「興味ないよ。美智だけいてくれればそれでいい」まただ。俺は昔からそう。

どうでもいいと思っていることには、話を合わせる。

正直、愛だの恋だのといったものに興味がない。

美智にそばに居て欲しいと言われたから、傍に居るだけだ。

それに組織の中の色恋沙汰は、ロクなことにならない。大企業を目の当たりに生きてきた俺だからこそ、そう思う。

ひとは誰かを利用しながら生きている。全てがそういうわけではないが、こと恋愛において、俺は利用する価値しかないと思っている。

美智の想いはひしひしと感じてはいるが、ドラマや小説で描かれているような、夢中になれるような相手ではない。

言葉は悪いかもしれないが、暇つぶしの一環だ。

「今日は愛次の好きなビーフシチュー作ったんだよ。食べてみて」

「ああ」

この関係も遅かれ早かれ、崩れ去る。俺は他の誰かに興味が持てない。

できることは多い。だが思ったとおりにことが運ぶので、達成感を感じ、自分の存在意義を見いだせたことなどない。

自分にも興味が無い。役を与えられているときだけが唯一、存在していると思える瞬間だ。

それ以外の自分に価値はない。陳腐な言い方をすれば、自分が嫌いなのだろう。

「どう?美味しい?」

「ああ、美味しいよ」

やはり相手の望む言葉を返す。先の展開が見えている。

隣では美智の笑顔が揺れている。本当に嬉しそうな顔で。だけど、その顔が俺の虚無感を増幅させる。俺は何を求めているのだろう。

「よかった」

美智が俺の肩に頭を乗せてくる。そこに特別な感情などありはしないが、反射的に肩を抱き、唇を寄せる。

目を閉じて受け入れる美智に愛らしさを感じはするものの、これが愛や恋という感情なのか、俺にはわからなかった。

唇が離れて、ほんのりと頬の染まった美智が、恥ずかしそうに話しかけてきた。

「もう。こういうのはごはんのあとで」

「すまない。余りにも可愛かったから」

嘘だ。相手の望むことをしただけだ。

「美智の目は魅力的だな」

嘘だ。心にもない。

「俺は幸せ者だな」

嘘だ。幸せなど、俺には程遠い。

そんな自分への嘘をつき続けながら、これまで生きてきた。

まるで檻の中にいるような、窮屈な生き方で。傍から見たら幸せそうなカップルかもしれない。

しかしそれは表面的なもので、きっと俺は、窮屈な檻を壊したいのだろう。

もっと自由な広い世界で、自分が正直に生きられる世界で生きていたい。

そんな風に俺を変えてくれる誰かを待っている。

そんな気がしていた。

その良くないイメージを払拭するかのように、グラスに溜まったワインを一気に飲み干した。

なぜかその日はいつも以上に虚しくて、いつもよりも早いペースで飲んでいた。

こうして空っぽな俺と美智の、すれ違いの夜は更けていった。

 

【代永円】

ついに来てしまった。入団テスト。

僕に役者なんてできるのだろうか?いや、やるんだ。

僕が自分で決めたんだ。なんとしても役者になるんだ。

「はいはい、お待たせね。僕が座長。そして隣にいるのが、うちのマネージャーね」

「よ、よろしくお願いします」

座長さんは優しそうな顔の六十歳くらいのおじさま。

マネージャーさんは、いかにも堅物そうなメガネ系ハンサム。

緊張してきた。膝がガクガクしている。そのようすを見て、おじさまはにっこりと笑った。

「そんな緊張しないでね。アルバイトの面接みたいなものだから。はい、肩の力抜いて」

二回ほど深呼吸をして、気持ちを整える。

「座長、この方の経歴書です」

「うーん、最近老眼が酷くてさ。細かい字、見えないんだよ」

「そんなつっこみづらい話を」

「なんか言った?」

「いえ、何も」

座長さんとマネージャーさんが演技をしているかのような錯覚さえ覚える。胸がバーン

とはじけそうだ。

「ああ見えた、見えた。えー『代永円』さんね」

「はい。よろしくお願いします」

「可愛いねー。おじさん、お小遣いあげたくなっちゃうよ」

「え、いや、それはちょっと...... 」

座長さんのノリについていきがたい。それ以前にこれは入団テストじゃないのかな。

「座長」

「わかってるよ。冗談じゃないの、冗談」

座長の話が全部冗談に聞こえる。

「じゃあ、なんでうちの劇団に入ろうと思ったのか教えてもらえるかな」

「先日の舞台を見て、役者になりたいって思ったんです。ヨーロッパの騎士と姫の話で、主

人公役の俳優さんが印象に残っていまして」

「ああ、Loveちゃんね」

「Loveちゃん?」

そんな名前の人だったっけ?名前は確か...... 。

「座長、入団テストなんですから、ちゃんと名前を呼んでください」

「細かいな、君は。そんなんじゃ大きくなれないよ」

「大きくないからこの劇団にいるんです」

「そんな酷いこと言うような子に育てた覚えはないよ」

「間違いなく自分をこうしたのはあなたです」

全然話が進まないな。

「君の言う彼は『相模愛次』。うちの劇団のスターだよ」

愛次さん。だからLoveちゃんなんだ。

「教えて頂いてありがとうございます」

「いえ、うちの座長がこんなので申し訳ない」

マネージャーさんは座長さんを嫌いなのだろうか。

「じゃあ、何か得意なことやってみてよ」

座長さんから急なフリ。どうしよう。ぼ...... わたしには何もないし。

どうしよう。でもなんとかしなくちゃ。

わたしだってやるときはやるんだ。

「実はこの格好。女装なんです」

座長さんたちとわたしの間に、ピンと張った糸のような緊張感が走る。

どうだろう。つい勢い余って本当のことを言ってしまった。

次の瞬間。

「ぶわっはっは!」

マネージャーさんが笑い出した。座長さんも笑っている。

「座長。この子おもしろいですよ。こんな可愛いのに、男のわけがない」

「いや、いいね。ボキャブラリーが高い」

あれ。好評価だ。私の女装は完璧だ。誰も男だと疑っていない。

数日前

「まさか、あんた」

「女性として劇団に入ろうと思う」

「ちょっと待って。なんで女装までして役者目指すのよ。別に劇団なら他にもたくさんあるじゃないの」

「カピパラ座がいいんだ。いや、ダメなんだ。他の劇団にはあの人がいない」

「気持ちはわかるけど落ち着きなよ、まどか。だいたい劇団に入ったって、あのイケメンに会えるとは限らないよ?」

溜息を吐きながら、ケイちゃんは隣をチラ見、いや、二度見した。そこには明らかなまでに、悪巧みをしていそうな顔のケイちゃんがいた。

「本当に女装する覚悟があるんだな?」

「ある」

「そうかそうか。ケイ、これから買い物行くよ」

「え、どこに」

「決まっているじゃない。まどかの女装グッズを買いに行くの」

そのあと三時間、散々連れまわされたあげくいっぱいお金を使わされたが、綺麗な女の子

に仕上げてくれたことを、今はありがたく思う。誰も男だと疑わない。ウケはいいがどうなる。

「こんにちはー」

え?誰?

「カイ。今は入団テスト中だ」

「えー。まだそんなのもったいぶってやってるんだー。

どうせ採用するんだから。あっ、はじめまして。八代開です。『カイ君』て呼んでねー」

「は、初めまして、です」

ゆるい感じだけど、すごく優しそうな人だな。それに背は高くないけれど、顔立ちが整っ

ていて格好いい。マツちゃんが好きそうなタイプの人だ。

「カイ君手厳しいなー」

「だって落とさないでしょ。人数カツカツでやってるんだし」

人数カツカツ?

「でも、この間の公演では、結構な人数いましたよね」

カイが振り向きざまに答える。

「ああ、来てくれていたんだ。ありがとね。あのときはほかの劇団から数人借りていたからさ。公演出来てよかったねー」

「カイ。あまり内部事情を話すな」

「え?内部事情も何も、入ったらわかることでしょう。隠してもしょうがないじゃない。うちは小さな劇団なんだから、隠すものもないし」

カイさん結構言いますね。

「で、採用なの?不採用なの?」

「じゃあ採用で」

「座長!」

「いいじゃないの。カイ君も気に入っているみたいだし、なによりも可愛いし。お小遣いあげたくなるし」

「じゃあ決まりだね。改めてよろしくね。ええと、誰さん?」

「代永円です」

「よろしくね。まどかちゃん」

こうして見事採用になっちゃった。本当にこんな入団テストで大丈夫だったのだろうか。

「カイ、オマエのひと言によって、採用が決まったのだ。オマエが責任もって教育係をしろ」

「えー。嫌だよ」

「これは業務命令だ。オマエが面倒を見ろ」

「責任押し付けられるの苦手なんだけどなー」

カイさんが溜息を吐きながら、悲しげな目でこちらを見てくる。

「あの、カイさん」

「ノンノン。カ・イ・く・ん」

「じゃあ、カイくん」

「どうしたの」

「教育、よろしくお願いします」

もう一度溜息を吐いて、カイ君はにっこりと笑い、こちらに向き直る。

「仕方ないな。俺、厳しいからね」

「はい、よろしくお願いします」

こうしてわたしの人生は、変化のときを迎えた。

 

【相模愛次】

事務所の扉の前で待つ。

「あいつ、いったいなにをしている」

扉の前でもう十五分待っている。

しかし一向に待ち人は出て来ない。

スマートフォンで株価をチェックしつつ、弊社スタッフにメールを送る。好き勝手に劇団員をやってはいるが、これでも事業主なので、会社の経営にかかわる根幹の部分は自分でチェックするようにしている。

ガチャ

「おまえ、どれだけ待たせ...... 」

「え!?」

そこに現れたのは、待ち人ではなく女性だった。

「あーその...... 」

「はっ...... ははは、初めまして!!」

人違いだった。悪いことをした。

「おお、相模」

「古賀さん、おはようございます。この子は?」

「代永円さん。うちの新しい役者だ」

目の前の子に視線を落とす。

「よ... よっよよよ、よろしくお願いします」

なんなんだ、こいつ。やたらオドオドしているが。こいつが演者だと?舞台の上で固まりそうなタイプだが、大丈夫なのだろうか?

事務所の扉から座長が出てきて、いつもの軽い感じで話しかけてきた。

「ああ、Loveちゃんきてたの?カイくん中にいるよ」

「座長、おはようございます。あいつが出てくるのを待っているのですが」

「そういえばカイくん、なにしに来たの?」

「なんでも忘れ物を取りに行くとかで...... 」

言いかけたところ、カイが勢いよく躍り出た。

「あいじ~。あったよー」

「おまえ。なにを忘れたんだよ」

「モバイルバッテリー」

「そんなの次の稽古のときでよかっただろう」

呆れて物も言えない。

「わかってないなー、愛次は。バイトのときにメッチャ使うんだよ」

「おまえのバイトはホストかなにかなのか?」

相変わらず言っている意味がわからない。

「それよりさ、この子、まどかちゃんていうんだって。かわいいよね」

「よよよよ代永円といいます」

緊張しているのか、怯えているのか、まるでチワワを見ている感覚に陥る。

「さっきはすまなかった。相模愛次だ」

「仏頂面だけど、怖くないからねー」

拳でカイの肩を強めに小突く。

「愛次...... 痛い。そういうプレイ好み?」

もう一度、拳を振りかざす。

「ごめん!冗談だって!」

軽く舌打ちをして、代永に向き直る。

「おまえ、えらくオドオドしているが、役者の経験は?」

「いいい、いえ。ないです」

「なんだ、素人か」

「相模!」

古賀さんに制止され、言葉を飲み込む。

「すまないね、代永さん。相模は口が悪くてね」

「そうそう、愛次は目つきと口が悪いから。それとね...... 」

もう一度カイの肩に拳をねじ込む。「ぐぐぐ」と言いながら、カイがその場にしゃがみ込む。

「んんん」と暫く唸ってから、カイは小さな声で言った。

「あ...... いじ...... 。同じ...... ところは...... ダメ...... だって」

「ああ、悪いな」

悪気もなく言っておく。

「古賀さん。この子、大丈夫なんですか。」

「それがねー」

「なにしてるの?」

振り返ると美智が立っていた。

「やあ、みっちゃん。今日も綺麗だね」

「ありがとうございます、座長。ねえ愛次、ご飯行かないの?」

「すまない。ちょっといろいろあってな」

美智が俺越しに後ろを覗く。

「もしかして新人さん?」

「そうらしい」

続けて古賀さんが説明を始めた。

「先程座長のひと声で決まった、代永円さんだ」

「代永さんね。わたし、宮部美智って言います。女の子が入ってきてくれて、本当に嬉しい!ここ、女性比率が低いから」

美智の勢いに押されて、代永は少したじろいだ。しかし美智は本当に嬉しいのだろう。満面の笑みで迎え入れている。

「よっ、よろしくお願いします。えーと、宮部さん?」

「美智でいいわよ。よろしくね」

「はい!よろしくお願いします!美智さん」

美智は代永に微笑むと、踵を返した。

「じゃあ愛次、カイくん、ご飯いこう」

そう言うと、俺の手を掴み歩き出した。引っ張られながら、座長に挨拶をした。

「では座長、失礼致します」

「愛次、みっちゃん、待ってよ」

カイが後からついてくる。

事務所の階段を降りていくときに、ふと後ろを振り返ると座長が少し困った顔をしているようだった。

なんだろう。座長がああいう顔をするときは、大体なにかを考えているときだ。

今のやり取りの中で、なにか気になるところはあっただろうか。

「なに難しい顔しているの?早く行こうよ」

「ああ、すまない」

まあいい。気にしないでおこう。

 

【代永円】

「はぁー」

帰りに立ち寄った公園のベンチで、物思いに耽る。劇団事務所を出たときのあの光景を思い出していた。

「自然に手繋いでいたもんな~。はぁ」

最後に見た光景が仲の良いカップル。劇団に入れたのは嬉しいけれど、相模さんと仲良くなるには難しそうだな。

「『素人』って言われたし」

「どうしたん?」

「えっ!」

後ろを振り向くと、美人なお姉さんが立っている。

細身な体系で、上下お揃いのジャージ姿でも、スタイルが良いのを見て取れる。

見るからに活発といった感じのお姉さんが語り掛けてきた。

「どうしたん?元気なさそうやな。なんかあったんか。美人が台無しやで」

「いや、あの、どこかでお会いしましたっけ」

「細かいことはどうでもええやん。悩みごとならお姉さんに話してみなさい。どないしたん」

長い付き合いの友人のように、気軽に話掛けてくる。不思議な魅力を持った人だ。

「実は今日、劇団の入団テストに行ってきまして」

「なんや、落ちたんか」

「いや、合格はしたんですけど」

「よかったやん!おめでとう!晴れて女優さんやな」

「でも憧れの俳優さんには恋人がいるみたいで」

お姉さんがやや上を向き、顎に人差し指を当て、トントンと叩いている。

「そうか。それもつらいものやな」

「はいー」

「せやけど劇団入れたのは良いこっちゃ。目的は達成されたわけやろ」

「そうなんですけど」

「辛気臭い顔すんなや。笑っていれば、いつか良いことあるって」

なんの根拠もないけれど、この人が言うとそんな気がしてきた。

「そうですね。ありがとうございます。あの、なんてお呼びしたら」

「ああ、自己紹介まだやった。〈常盤小枝子〉って言います。よくこの辺でランニングしとるから、見かけたら声かけてな」

「あ、ありがと...... 」

「じゃあ!」というと、常盤さんは走り出した。

「あんまり考えこんだらあかんでー!」

大きな声で僕に呼びかける。なんともバイタリティー溢れる人だった。確かに考えても仕方ない。

劇団に入れたことだけでも奇跡なんだ。」

そうだよ。僕は相模さんのように、輝いている役者になりたかったはずだ。

目的を忘れるな。恋愛にかまけている時間なんて僕にはないんだ。よし、勉強しよう。

ぐうううぅぅぅ

お腹の虫が鳴った。緊張して朝からなにも食べていなっかったからな。

「おリンちゃんのところ、寄っていこう」

 

【八代開】

正直、僕はそこそこ幸せ者だと思う。

お金はないけれど、アルバイトをすればそこそこの生活もできるし、背は高くないけれど、そこそこモテる。

劇団ではバイプレイヤーとして、そこそこの腕もある。

後輩たちにもそこそこ慕われていて、そこそこの人間関係を築けているそこそこ。

そこそこ。何事もそこそこが良い。そう思っていた。

「カイくん、聞いてる?」

「ああ、聞いてるよ。えーと、なんだっけ?」

「やっぱり聞いてないじゃない。まどかちゃんの教育、大丈夫なの?」

「心配ないって。あの子、やる気はあるみたいだし」

みっちゃんは心配性だなー。

「おまえみたいないい加減な奴が、ちゃんと教えられるのか?心配でしかない」

「でも愛次だって新人教育は嫌でしょう」

「やってる暇がないし、周りがどうなろうと知ったことではない」

看板役者になると、協調性はなくなるのだろうか。いや、前から愛次はそうだったか。

「カイくん、今まで新人教育したことないでしょう」

「まあなんとかなるでしょう。結局、礼儀作法の部分を教えれば、演技は自分で学ぶだろうし」

「そんなに簡単なことじゃないよ。だって初めての劇団で、初めての演技なんだよ」

「やる気が無くなったら置いていかれる。世の中のありとあらゆることは、そういう風に成り立っているんだよ。あとはあの子のやる気次第でしょう?」

「それはそうだけど」

みっちゃんが困り果てた顔をしている。コーヒーをひと口すすり、食後のゆったりした時間を過ごそうとしていると、愛次が口を開いた。

「やる気が無くなったらか」

「ん?どうしたの」

不機嫌そうな彼氏にみっちゃんが訪ねる。

「いや。なんでもない」

「気になるな。その言い方」

愛次は躊躇いがちに、僕に問いかけた。

「おまえには演技のセンスも腕もある。その上で突き抜けていないのは、やる気が無いってことか?」

「ん?なにそれ?」

とぼけたフリをしてみるが、きっと「フリ」だと気付かれてはいるのだろう。

「本当ならば俺と同じ位置で交互に主演を張れるはずだが。故意的に手を抜いてると思っていいのか?」

「いやいや。僕が愛次に敵うわけないだろう。看板役者はやっぱり愛次だよ」

本当にそう思っている。愛次は凄い。僕には愛次ほどのスペックはない。わかっているんだよ。

僕には才能も腕もないって。

なぜなら目の前に愛次がいるから。

愛次は僕にないものをいっぱい持っている。

ただ愛次は愛次だし、僕は僕なので別に気にしてもいない。ただひとつを除いては。

「愛次やめなよ。カイくんだって困っているでしょ」

「いいっていいって。手を抜いてるのは本当のことだし。それに愛次と違って、バイトしないと生活していけないからね」

我ながら情けないことを言っている。

「さて、じゃあバイト行ってくるかなー」

「え?今日はバイト休みじゃなかったの」

「僕もそこそこ忙しいんだよ。それじゃあ愛次、みっちゃん。また明日ね」

残っていたコーヒーを飲み干し、さっきまで話をしていたカップルを横目に、颯爽と店を出て行く。

街道沿いの道をひとりで歩いていると、辺りは夕方のようすがすっかりなくなっていて、夜の闇に飲まれていた。

空には煌々と輝く月が出ている。

ゆっくりと人の波をかき分けながら帰路を進む。なにかに満たされていないこの感情をなんと名付けたらいいんだろう。

「はぁ」

溜息を吐きながら虚しさに包まれていると、部屋の近くにある住宅街に入っていた。

近隣の閑静な住宅からは優しい光が漏れていて、柔らかな光に包まれながら歩みを進める。

少し先の公園を過ぎれば自宅に着く。

公園の向かいにはコンビニがあり、自宅から徒歩二分の好立地。

これほど生活しやすい環境はないと、僕は思っていた。

公園に差し掛かったとき、ベンチでうずくまる影が見えた。

気になり近寄ってみると、ジャージ姿の細身な女性が、ベンチに片足を乗せ痛そうにしていた。

「いたたたた...... 」

「どうしたの?」

肩甲骨の辺りまで伸びた黒髪を、後ろでひとつに縛っている。ぱっちりとした目に、すうっと通った鼻筋。

劇団のヒロインである、みっちゃんに劣るとも勝らない美人の姿がそこにはあった。

「あ、さっきそこでコケてもうて。足首捻ったみたいで...... 」

「ちょっと見せて」

「あ!けど大丈夫。少し休んだら歩けるようになるし」

「酷くなったらどうするの」

彼女の華奢な足に触れ、ジャージをめくる。

「ああ、そんなに心配いらないね。軽い捻挫だと思うよ」

「そうなん?なら平気やな。よいしょ!」

という掛け声と共に彼女は立ち上がろうとしたが、すぐによろけた。僕は焦って彼女の肩を両手で掴み、体を支える。

「いったい!」

「無理したらダメだって。悪化したらどうするの」

もう一度、ベンチに座らせた。さて、どうするか。

辺りを見渡すと、宵闇に輝くサインポールが目に入った。

「ちょっとここで待っていて」

言い終わる前にサインポールに向かって歩き出す。小道の向こう側にあるコンビニの灯り。

公園の柵を越え、道の反対側に渡る。店内に入り、消毒液と絆創膏、そして包帯を買う。

あとこれもか。

買い物を終えて彼女の待つベンチに向かった。相変わらず痛そうな顔をしている。

「お待たせー」

「どうしたんですか?」

「手当てするよ。足出して」

「え、迷惑かけられんからいいですよ。悪いし。大丈夫ですって」

「はい」

コンビニで買ってきたHOTのほうじ茶を手渡す。

「え、あ、うん」

「温まるから飲んで」

「あ...... りがとう」

「少しきつく包帯巻くよー。痛かったら言ってね」

彼女の細い足首に包帯を巻きつける。添え木はないけれど、無いよりはマシだろう。

「はい、終わり。立ってみて」

「うん」

彼女は立ち上がり、今度はよろけなかった。

「大丈夫みたい」

「よかった。応急処置だから、お家帰って湿布貼って、明日病院に行ってきた方がいいね。あと、これ」

コンビニのビニール袋を手渡す。

「消毒液と絆創膏。さすがに膝まではめくれないからね」

「ありがとうございます。なにからなにまで」

「いいのいいの。美人には優しくしないとね」

「びっ...... 美人!わたしが!?」

ありのままのことを言っただけなんだけどね。彼女は目の前でうろたえている。あまり言われ慣れていないのだろうか。

こんなに美人なのに。

「さて、それじゃあ帰るね」

「え、あの...... 」

「ゆっくり歩いて帰ってね。それと、あんまり体冷やさないように」

「えーと...... 」

「じゃあね」

そう言い残して自宅を目指した。

ひょんなことから人助けをしてしまった。まあ、そんな日があってもいいよね。

僕自身の嫌いな部分を隠すように、一日一善、いいことをして一日を締めくくることにした多少の苛立ちを隠しながら。

 

【マスター】

ここは≪ バーコモエスタ≫ 。チークのカウンターにカウンターチェア。テーブル席が二つ。

この町の憩いの場になっている。

カランコロン♪

ベルの音に合わせて扉が開く。革靴の軽快なリズムがカウンターへと向かってきた。

「あ~ら、いらっしゃい」

「こんばんは。今日も来たよ」

「毎日毎日、よく飽きないわね」

「お酒は薬と一緒だから。癒されにきているんだよ」

ほころんだ笑顔から、彼が上機嫌であることがわかる。

「今日はどうしようかな。オールドパーをロックでもらおうか」

「あらー、今日はやけに上機嫌じゃないの。一杯目からオールドパーなんて」

アイスピックを手に取り、予め用意していた丸氷の形を整える。

ザッ、ザッとリズミカルな音が店内に響く。まだ早い時間のためか店内にほかの客はいない。

「面白い子が入ってきたんだよ」

「あら、そうなの?座長としては楽しみじゃない」

「本当に面白い子なんだよ。入団テストで『私、女装してます』って言っていてね」

「ユーモアのある子ね」

「でも、恐らく本当に女装だと思う」

「わかるの?」

そう言いながらお客様にグラスを差し出す。

そして瓶から細い糸を垂らすかのように、ゆっくり、ゆっくりと注いでいく。

「わかるさ。君と出会ったときのことを思い出したよ」

グラスにお酒を注ぎ終わると、丸氷が「カラン」と音を立てた。

「あのときの君は本当に綺麗で、当時の僕には眩しかった」

「何十年前の話をしているのよ。歳くった証拠ね」

「いまだに僕の気持ちは変わっていないよ」

そう言い終わると、お客様はひと口グラスに口をつけた。

「今更口説いたってダメよ。お互い若くないんだから」

「そうだね。無茶できる歳でもないからね」

カウンターを挟んだふたりの間に、ジャズの妖艶な音色が流れる。

「あの頃は...... 周りの人達からの理解もなかったものね」

「そうだな。どれだけ愛していても、世間はふたりの愛を認めてはくれなかった」

お客様がジッとグラスを見つめ、緩んだ口元を開く。

「僕はね...... 見守りたいんだよ」

「ん?どうしたのよ。急に」

「僕らがうまくいかなかった分、あの子達には一生懸命に楽しんで欲しいんだよ」

「あなたも優しくなったわね」

「歳くった証拠だよ」

静かにジャズが流れる店内で、ゆっくりと流れていく時間。互いに昔を懐かしみながら過ごす。

「あなたも随分変わったわね。『伝説の役者』も丸くなっちゃって」

「いや、変わらないよ。僕は夢をあの子達に託しただけだから。変わっちゃいないさ」

「そのキラキラした目はあの頃と変わらないわね」

「ありがとう。君もあの頃と変わらず素敵だよ」

「よく言うわよ。冗談ばっかり」

静寂のあと、お客様は言う。薄明りに隠れてはいるものの、その目が遠くに向けられているように思えた。

さっきまでキラキラしていた瞳が、心ばかり曇ったように見える。

「悲しい思いをして欲しくはないんだよ」

「ん?どうしたのよ」

「悲しい思いをして欲しくはないんだ。彼のように...... 」

 

【小椋キヨシ】

どいつもこいつも、本当に三流だ。クソ過ぎて吐き気がする。これが劇団なんて言えるのかよ。

ゴミみたいな奴らが束になっても、この俺にはかなわねえ。

俺ほどの天才がわざわざ来てやってるっていうのに、面白い奴はいねえのか?特に目の前でびくついているこの女。

ああ、イライラする。

「あ、あの。私の演技どうでしたか?」

「ああ?どうもこうもねえよ。クソみたいな演技だな。役者なんて辞めちまえよ。やってても芽すらでねぇから」

噂を聞いて社長について来てみればなんだ、このクズ揃いの集団は。こんな奴らのために、俺様の貴重な時間使ってやってるっていうのによ。

こんなことなら適当な女見付けて、抱いていた方がまだましだぜ。

まあいい。俺の目的はこんな三流のカスじゃねえ。

憂鬱になっていると、稽古場の隅にいた調子よさそうな男が女とふたりで話していやがる。

「なんでこんな有名人が来てるの?」

「知らないわよ。急に来て偉そうに。テレビで見るのとは、全然違うじゃない」

ふん。金儲けのなんたるかも知らない貧乏人め。

「おい、そこの女。〈相模愛次〉っていうのは来ねえのか?」

俺はその〈相模愛次〉という役者を見に来たんだよ。どうやらこの劇団の花形らしいからな。

「し、知らないわよ。なんなのよいきなり」

「みっちゃん!まずいって。他の劇団の人と揉めたらさ」

「カイくんなに言ってるの。いきなり乗り込んできて、めちゃくちゃやってるのはアイツの方でしょう?」

「そうだけど。うちみたいな弱小劇団じゃさあ...... 」

「悔しくないの?まどかちゃんだって好き放題言われているんだよ!?」

「いや、気持ちはわかるけど...... 」

「おい!!そこの女!!」

ふたりが一瞬びくついた。女の方に歩み寄り、更に語りだす。

「気は強いが、いい女だな。抱いてやろうか?」

囁くように耳元で語り掛ける。瞬時に女が身を引く。

「冗談だよ。相模はどこにいる」

「俺になんの用だ」

待ちに待った御馳走のお出ましだ。

「愛次!」

女が相模の後ろに隠れる。ちっ。こいつの女か。

「いやー、待っていたよ、相模くん」

「よその劇団で、随分と好き勝手やってくれているな。おまえ誰だ?」

近くにいた男が口を開く。

「愛次、知らないの!?〈小椋キヨシ〉だよ!テレビドラマで大人気の俳優」

「テレビ見ないからな。知らない。ただ失礼な奴だということはわかった」

こいつ、随分となめてくれるな。ムカつくわ。

「この俺のことを知らない奴がまだいたとはな。驚いたぜ」

「すまないな。芸能かぶれしている役者には興味がないからな。あとで検索しておくよ」

「てめえ。ムカつくな」

「お互い様じゃないのか?うちの団員を可愛がってくれたそうで、久しぶりにムカついてるよ」

さて、どうやって潰してやるかな。

「ま、待ってください!」

さっきの三流役者か。水差すんじゃねえよ。

「け、喧嘩は良くないですよ。おふたりとも落ち着いて下さい」

「代永。どいていろ」

「ダメですよ。相模さんはうちの看板役者なんですから。顔に痣でもできたらどうするんですか」

「知るか」

「ダメです」

そう言いながら、三流が相模を止める。それにしてもあの長身を止められる程、あの女、力すげえな。

「じゃあ、こうしましょう!お互い演技で勝負を決めるのはどうでしょうか?」

「ああ?てめえ正気か?こんな奴が俺にかなうと思ってるのか?」

「怖いんですか?」

「はあ?」

「相模さんは凄いです」

ちっ。この三流もムカつく。

「じゃあ、見せてみろよ。相模、おまえが俺を納得させられたら、おとなしく帰ってやる」

「ならさっさと帰ってもらおう」

相模がジャケットを脱ぎ、稽古場の中央に立った。さて、なにを見せてくれる。

「生きるべきか死ぬべきか。それが問題だ!」

ほう、ハムレットか。

「死ぬことは眠ることと同じだ。それ以上ではない。眠ってしまえば心の痛みも、体の苦しみも終わらせることができる!」

「...... ふ」

「どうした」

「ぷわっはっは!」

こいつは面白い!

「なんだ」

「いや、なに、噂ほどじゃないと思ってな。こりゃあいい。とんだ三流、いや、三流以下だ!」

「なに?」

さて、やるか。

「おまえに一流の演技ってもんを見せてやる。どけよ」

相模を押し出し、中央に立つ。

「生きるべきか死ぬべきか。それが問題だ!死ぬことは眠ることと同じだ。それ以上では

ない。眠ってしまえば心の痛みも、体の苦しみも終わらせることができる!」

たったひとつのフレーズで場が静まり返る。所詮、こいつらはこんなもんか。

「わかったか?これが一流だ。おまえの演技じゃ金は稼げねえ」

「なんだと?」

「稼げる演技じゃねえって言ってるんだよ。てめえの演技じゃ誰も金払いたくはねえって

言うわ」

相模は黙ったまま。悔しそうな顔をしてやがる。たまらねえな。

「これでわかったか?てめえと俺じゃ格が...... 」

バタン!

稽古場のドアが勢いよく開く。そちらを見ると鬼の形相をした女が立っていた。その表情を見て俺は後ずさる。

「キーヨーシー。あれだけ問題起こすなっちゅうに、何してんねん!」

「いや、ちょっとここの団員さんで...... いや、団員さんと遊んで...... 」

ゴフっ!

腹に鉛のように重い拳がめり込む。一瞬、呼吸ができなくなった。

「顔は仕事に影響出るから、腹にしといたる」

「あれ?小枝子さん?」

「おーまどかー。数日振りやなー。げんきしとったー?」

「ええ、まあ。小枝子さんこれはどういう」

「まあー敵情視察みたいなもんやねー。っていうか、まどか!カピパラ座やったんかー」

「ええ、まあ。」

「ん?カピパラ座やと!!」

「え!?」

「いや、カピパラ座自体に恨みはないんやけどな。アイツがいるから好きになれんねん」

小枝子が指さした先には、さっきのいい女が。

「あんた、まだ私を恨んでんの?」

「もちろん恨んでる」

「あっそう」

なんだ?小枝子の知り合いか?

「あー!思い出した!この間公園にいたお姉さん!」

「ん?あ!王子様!!」

「え?王子?」

「いやいやいやいやこっちの話です!」

「足はどう?良くなった?」

「ええもちろんよくなりましたあのときは本当にありがとうございますー!」

小枝子が句読点なしで話している。どういうことだ?

「うちの馬鹿が失礼いたしましたこの馬鹿がご迷惑おかけしました回収して帰りますので失礼致しますー」

そう息継ぎなしで言い終わると同時に、小枝子は俺の襟首を掴み、稽古場から引きづりだした。

「愛次!大丈夫?」

「相模さん。大丈夫ですか?」

「... 」

「愛次...... 」

「くそっ!」

言い捨てて、ジャケットを拾い、愛次は稽古場から出て行く。

「相模さん!」

愛次を追って、円も出て行く。

そんな愛次の背中に、カイと美智には掛ける言葉もなかった。

 

【黒崎潤】

「断る」

「ほう?本当によろしいのですか?この劇団のためを思っての申し出だというのに」

正面にいる老人に話しかけている。相変わらず、すっとぼけた老人だ。

「いいですか?この劇団が生き残っていくためには、うちと提携して頂くほかないのですよ。

先日もうちから役者を派遣して、ようやく公演できたわけです」

「あのときはありがとう。ただ、その話は断る」

歳を食うと頑固になるのは本当らしい。強情で言い出したら耳を傾けない。それは昔からそうだったな。

〈伝説の役者〉も今となってはただのジジイか。

「座長、ここはひとつ、手を取り合うのはいかがでしょうか」

「いや、ダメだ」

「しかしうちにはもう、それほどの資金は...... 」

「嫌なら君だけついていけばいい」

「...... そうですか」

隣にいたマネージャーがこちらに向き直る。

「と、いうことで、待遇はいいのでしょうか?それほど多くを望むつもりはありませんが、できれば...... 」

「いやー!待って!古賀くん!今度いいお見合い相手、マスターに探してもらうからさーマネージャーのメガネが鋭く光る。

「座長、本当ですか?」

「ホント!ホント!古賀くん好みのナイスバディー紹介してもらうってば」

「...... 」

「...... 」

「ゴホン!黒崎社長、失礼致しました。先程の話は聞き流して下さい」

こんな感じでよくやってこれたものだ。

「座長さん、いいですか?これほどのチャンスはありませんよ」

「チャンスねー。それは誰にとってのチャンスなんだろうね」

「誰にとってとは。もちろんあなたですよ。座長」

「君にとってではないのかね?」

この狸ジジイ、やはり一筋縄ではいかないか。

「まさか。あなたには感謝の気持ちしかないですよ」

「君が僕にかね?面白いことを言うねー」

「なにを仰っているのですか。私はこの劇団を救いたいのですよ。私が惚れこんだあなたの劇団を」

「ではその君の背中から立ち上る、真っ黒で重苦しい空気はなんだろうね」

「ふ、なんのことですかね」

やはり見抜かれているか。それもそうだ。このジジイとは永い付き合いだ。

「君は僕に対して憎しみしかないだろう」

「いやいや、まさか。座長、これはわたしからの善意なんですよ」

「善意?明らかな買収だよね」

「買収なんて人聞きの悪い。これは善意なんですよ。カピパラ座存続のためにはこの方法しかないでしょう」

「なにが目的かね」

真っ直ぐ見つめられたその目から、力強く伝わってくる。この男は見た目ほど楽観的に物事を見ていない。仕方ない本音を語るか。

「見透かされているようですね。いいでしょう。わたしの目的、それはたったひとつ。『宮部美智』だ。」

「なんだと」

マネージャーが声を上げたが、座長は黙ってこちらを見ている。

「彼女の演技は素晴らしい。うちの小椋と組めば、うちはもっと大きく羽ばたける。彼女が欲しいのですよ。うちにね」

「それだけかね」

にやっと笑い、座長は話しかけてくる。

「君の目的がそれだけとは思えない。美智くんの引き抜きついでに、カピパラ座を潰そうという根端ではないかね?」

「なにをおっしゃいます。先程も申し上げたとおり、感謝の気持ちしかありませんよ」

言い終わると同時に、事務所の扉が開いた。

「社長。キヨシ連れてきたで」

「おい!ひよこ!いい加減に手を放しやがれ!」

「はい」

そういうと、小枝子はわたしの足元にキヨシを投げ捨てた。ドサッという音と共に、キヨ

シがうずくまり悶えている。

「小枝子。取引先様の前だぞ。静かにしたまえ」

「はーい」

予定よりも早く帰ってきたか。ここらが潮時か。

「さて、そろそろ失礼しましょうか。どのみちこれでは話し合いになりませんので」

「そうだね」

「では、失礼します。小枝子、キヨシ、行くぞ」

立ち上がりドアに向かって歩き出す。そこでひとつ名案を思い付いた。

「座長、最後にもう一つだけいいですかね」

「なにかな」

「わたしと賭けをしませんか?」

「賭けだと」

「いや、単なるゲームですよ。ゲーム劇団対抗のね」

この劇団ごと消してやる。わたしにとって目障りな、この劇団を。

 

【代永円】

「あ、いたいた」

相模さんを探して街中を歩き回って、河川敷まで歩いたところでようやく見つけた。

相模さんはこちらに一瞥をくれると、川の向こう側を見つめながらため息を吐いた。

「相模さん、探しましたよ。戻って通し稽古しましょう」

相模さんはなにも言わず、ただ川の向こうを見つめている。

その横顔に見とれながらも、優しく話しかける。

「いやー、お互いボロボロでしたね。完敗です」

「はぁ?お互いだと?」

「ぼ... わたしも言いたい放題、言われましたから」

「おまえなんかと一緒にするな」

「え?」

「おまえなんかと一緒にするなって言っているんだよ!」

急に怒鳴りだした相模さんにびっくりして、目を丸くする。

「いや、でも...... 」

「おまえに何がわかる!俺が演技に掛けてきた時間を。身につけた技術を。

それを馬鹿にされたんだぞ!負けてなどいない!負けるわけがない!」

こんなに動揺している相模さんを見るのは初めてだった。

「完璧に負けていたと思いますよ」

「おまえ!」

今にも掴みかかりそうな勢いで、相模さんは怒鳴る。この勢いに押されてはいけない。

「認めましょうよ。小椋さんの演技は凄かったです」

「認められるか!俺があんな奴に負けただと!?だいたいおまえだって酷評されていたじ

ゃないか!悔しくないのかよ!」

「そうなんですよね。困りました」

「なに?」

意外そうな顔で相模さんがこちらを見つめてくる。

「困ったとは言っても、つい最近入団したばかりなんで。少しは出来るようになったと思っ

ていたのですが...... 」

「ふざけるな。新人のくせに。そんなにすぐ実力なんて付くわけがない」

「はい。だからここからまた頑張ろうと思います」

「俺はおまえみたいな新人じゃないんだよ。やってきたことを全否定された気分だ。くそっ!」

「そうですね。小椋さん、本当にすごかった」

「おまえ!」

「でも!相模さんの方が好きです」

「なっ... 」

ハッとして、我ながら凄いことを言っていたと思う。恥ずかしさを隠すように、言葉を続ける。

「え、いや、違うんです。その、相模さんの演技の方が好きかなって。

えーと、好きって言葉には深い意味は無くて...... あれです、ほら、憧れ?みたいな」

「憧れ...... だと?」

「そ、そう!憧れですよ、憧れ!ぼ...... わたしは相模さんの演技に憧れて演劇の世界に入ったんですから」

「俺に...... か」

夕方の冷たい風に吹かれながら、相模さんはなにか想いに耽るように遠い目をした。

暫くすると相模さんは前を向き、わたしを見降ろす。

「すまなかったな。おまえに当たってしまって。その...... 」

「代永です」

「え?」

「おまえじゃなく、代永円です」

「すまなかったな。代永」

「いえいえ。お気になさらず。ファンとしては乱れた相模さんの姿が見れて、嬉しい限りですよ」

「おまえ、変わっているな」

「よく言われます」

相模さんが笑っている。ただ優しく微笑んでいる。その笑顔にドキドキしながら、見とれてしまう。

相模さんとこんな風に笑えるときが来るなんて、夢にも思っていなかった。

「代永、ありがとう。やっぱり俺は負けていない。いや、あんな奴に負けるはずがない」

「そうです!その意気です!」

「思い出したらムカついてきた。絶対にあいつを納得させてやる」

「はい!相模さんはカッコイイです!最高です!」

しれっと「カッコイイ」という言葉を挟んでみた。

でも本当に、この自信満々な相模さんをカッコイイと、思わずにはいられなかった。

河川敷にはオレンジ色の夕日が当たっていて、流れる川にゆらゆらと輝いている。

「さて、戻りましょう」

「いや、今日はこのまま帰る。そもそも台本取りに来ただけだったしな」

「そうなんですか。相模さんの演技が見られると思っていたのに」

あー、萎える。帰り道デートのチャンスを...... いやいや!違う!心配して探してただけだ。

「じゃあ、わたし戻ります」

「ああ、気を付けてな」

ぐううううぅぅぅぅ

「あ」

「ぷっ」

は、恥ずかしい。安心したらお腹が鳴ってしまった。

「いやこれは...... 」

「ははは!!代永、腹減ってるのか?」

「いやーこれはその。なんていうか」

「飯食っていくか?迷惑かけたからな。奢ってやるよ」

なっ、なんだとーーーー!

「なに食べたい?」

「えーと、じゃあお願いしてもいいですか?」

 

【古賀照明】

「はあー」

≪ 古賀照明≫ 三十六歳。未婚の独身俺は昔からはモテない。

自分でいうのもなんだが、スペックは高い方だと思う。

容姿端麗。頭脳明晰。しかしモテない。

まあそんなことはさておき、なぜこのわたしが溜息を吐いているかというと、先程の劇団アクセルの社長、黒崎社長から出された提案。まさか座長があんな条件を吞むとは思いもしなかった。

「座長、最後にもう一つだけいいですかね」

「なにかな」

「わたしと賭けをしませんか?」

「賭けだと」

「いや、単なるゲームですよ。ゲーム劇団対抗のね」

黒崎社長がニヤリと笑う。

「うちの劇団アクセルと、あなたの劇団カピパラ座、この二つの劇団で勝負をしましょう」

「ほう」

「勝負の内容は...... そうだな、観客動員数なんてどうですか?お互いに次の公演が控えているようですし。もちろんゲームである以上、報酬は頂きたい」

「報酬?君の望む報酬とはなんだね」

「宮部美智の劇団アクセルへの移籍」

なんだと。宮部さんの移籍だと!?

「先も述べたように彼女の演技は素晴らしい。

弊社にとっては良い商品になる。彼女にとっても悪いことではないし、あの実力であれば多様な活動が期待できる」

「なるほど。やはり宮部くんが狙いか。それでうちの報酬は?」

「なんでも構いませんよ。どうせ勝つのはうちの劇団だ」

座長が暫く考えた後に口を開いた。

「いいだろう」

「座長!!ダメです!!乗ってはいけません!!」

「古賀くん、大丈夫だ。問題ない」

「問題だらけですよ!!」

「大丈夫だよ。僕が彼ごときに負けるわけがない。」

「座長...... 」

「そうだろう?古賀くん」

「負ける気しかしないのですが」

「いやだ~古賀くん、そこは空気読んでよ~」

「事実を申し上げたまでです」

「大丈夫、大丈夫問題ないから」

「なにを根拠に」

「師匠が弟子には負けんよ」

えっ!?

「決まりですね。初日の動員数で決めましょう。では、また後日」

どうしたらいいのかわからない。もし負けたらどうするんだ。

宮部さんがうちの劇団からいなくなったら劇団は大損害。

公園のブランコに座り、頭を抱えながらうんうん唸っている。

「あのー」

「は、はい!」

いかん。クールなわたしが、思わず慌てて立ち上がってしまった。

そして、声も裏返ってしまった。

「大丈夫...... ですか?」

「んん!失礼。心配して頂き、ありがとうございます。わたしなら大丈夫です」

「なんかうんうん唸っていたので、頭でも痛いのかなって」

「いえ、少し考え事をしていまして」

「考え事ですか」

「ええ。わたくしこういう者でして」

名刺を取り出し手渡す。営業をしていると咄嗟に体が動く。

「劇団カピパラ座。え!すごい!」

「ご存じですか?」

「知ってます!先日、友人と見に行ったんですよ!わたしの友達なんて、影響受けちゃって、カピパラ座に入っちゃったんですよ」

「そうなんですか?因みにご友人のお名前はなんと仰るのですか?」

「代永円っていうんですけど、聞いたことあります?」

「ああ!!代永さんのご友人でしたか。いつもお世話になっております」

「いえいえ。わたしはただの友人なんで。こちらこそまどかがいつもお世話になっています」

「ご丁寧にどうも」

「あの...... まどか、大丈夫ですか?ご迷惑かけていませんか?」

「いいえ。代永さんは一生懸命に稽古されてますよ」

「あの子、思い込んだら真っ直ぐ突っ走っちゃうから。ちゃんと出来てるのか心配で」

「代永さんの勤勉さはうちのベテランの役者も脱帽なくらいですよ。あれならすぐ舞台に立てるでしょう」

なにか営業をしている気分になる。

「そうですか。良かった。まどか頑張ってるんだ」

「是非、今度の公演も見に来てください。きっと代永さんも喜ぶと思うので」

「はい、是非。あっ!!いけない!!バイトに遅れちゃう!!」

「それはいけない。ご迷惑おかけして申し訳ない」

「いえ、わたしばっかり話しちゃってごめんなさい。それじゃ」

「お気を付けて」

彼女は颯爽と駆けていった。しかし綺麗なかただった。今時、若くてもあんなに良い子がいるんだな。

いかん。わたしには≪ むむたん≫ という推しがいる。わき目を振ることは許されない。

少し気分が落ち着いてきた。彼女のおかげか?

うだうだ言っていても仕方が無い。

よし!やるか!

 

 

続きは鋭意創作中!こうご期待